研究員ブログ

花街道

えひめ地域政策研究センターの事務所は松山市の三番町という町中にありますが、その周辺でも、この時期は花に事欠きません。堀端では、二月末くらいから梅、それに続いて三月末には、たぶんソメイヨシノでしょうか、桜が咲きます。堀端の桜は四月中旬には散りますが、三番町の通りの八重桜の街路樹は、先週くらいまで、文字通り桜餅のような花を咲かせていました。ビルや番町小学校の校庭の周りの花壇も良く手入れされ、年中色々な花が咲いています。今はハナミズキ通りでハナミズキが満開となっています。もうしばらくすると堀端の躑躅、更に少し暑くなるころにはハナミズキ通りでサルスベリの街路樹が咲くことでしょう。季節季節で目を楽しませてくれます。

これからの季節、ゴールデンウィークを中心に、周辺各地でも花のイべントが開催されます。広島県の世羅高原や九州の九重高原、鳥取花回廊、淡路島、高知のモネの庭、福山や吉海のバラ等、高速道路の値下げ効果もあり賑わうことでしょう。私も「安近短」ということで、どこか訪れてみたいと思っています。

しかしこの季節に思い出すのは、レンゲと菜の花です。今はほとんど見なくなりましたが、子供のころ今のハナミズキ通り周辺は、春には一面のレンゲ畑で、その中のところどころに黄色の菜の花が咲いて、それが当たり前の春の風景だったように思います。良く手入れされた花の庭園も良いのですが、そんな風景が残っている所が、どこかないでしょうか?

(企画研究部門 研究員 政木輝彦)

 

 

マラソン

市民ランナーたちに「あなたが走り始めたキッカケは何ですか?」と質問すると「ダイエットのためです。」と応える人がかなりいます。私の場合もご多分に洩れずキッカケはそれでした。3年前に、それまで一度も80㎏を超えたことがなかった体重が80.5㎏になってしまい、このままだと85㎏いや90㎏になってしまうという変な危機感が走り始めたキッカケでした。

  長距離を走るのは中学生の時の駅伝大会以来なので、80㎏の者がいきなり走ろうと思っても無理で、まずは歩くことから始めました。そして体重・体調と相談しながらジョギング、そして少しずつ距離を伸ばしつつ速く走るということを意識しました。そして、どうにかハーフは完走できるようになりました。おかしなもので少し走れるようになると走ることに自信がでて、次はフルだと思い始めました。そして去年と今年の2度愛媛マラソンに挑戦しました。結果は一回目が28キロ地点で、二回目が35キロ地点でどちらも途中でリタイアしました。ハーフ(21㎞)とフル(42㎞)とは違うなあというのが今の実感です。それでも来年は三回目に挑戦します。「三度目の正直」とか「二度あることは三度ある」とかと言われていますが、果たしてどちらになるかはこれからの練習次第だと思っています。

 そもそも走り始めたきっかけがダイエット目的だったので、7㎏ほど痩せたということはそれなりに成功したと言えるかもしれませんが、3年間走っているうちに目的が変わりました。それは今よりも少しでも早く走りたいという気持ちになったということです。タイムが良かった時は満足するし、逆にタイムが悪かった時はナゼなのと考えます。

 “ランナーズ” とか“ランニングマガジン”といった本を読んで参考になりそうなことは真似をします。これから夏に向けて暑くなってランナーには厳しい季節になりますが、この夏場にしっかりとした練習をすれば秋冬の大会でいい走りができると思って頑張っています。

 ちなみに今年参加しようと思っている大会は“まつの桃源郷マラソン(ハーフ参加済)”と“朝霧湖マラソン(ハーフ申込済)”と“今治シティマラソン(10)”と“久万高原マラソン(ハーフ)”と“坊っちゃん一緒にらんランRUN(ハーフ)”と“愛媛マラソン(フル)”を予定しているので、練習しては大会、練習しては大会というようなスケジュールです。

 全ては、来年の愛媛マラソンを『三度目の正直』で完走するために頑張ります。(企画研究部門 研究員 河野茂樹) 

草食化

 男性の年齢別殺人率は、10代後半から急ピッチで増加し20代前半がピークとなる。以降、加齢とともに徐々に減少しいき最終的に低率で安定する。この傾向は、どの国やどのような時代においても同様であるため、「ユニバーサル・カーブ」と呼ばれている。

 これはオスの繁殖行動の特性である自己顕示欲が一因とされており、同種生物間での競争・対立が激化する時期を顕著に表わしている。だが、唯一、このカーブを描いていない国がある。現在の我が国だ。

 高度経済成長期以降、日本の若者の殺人率は徐々に低下し、10代後半から20代前半の殺人率は他の年代とさほど変わりがなくなってきている。昨年から「草食系男子」という言葉を聞くようになったが、年齢別殺人者の比率の変化をみる限り、若者の草食化の進行はすでに50年以上前から始まっているのではと感じる。

 果たして、他の国に例を見ない進化を続ける日本の若者は、今後どんな文化を花開かせるだろうか。そして、私達はどのような将来像を描いていかなければならないのだろうか。

(企画研究部門 主任研究員 高市 孝一)   

眼下に桜をながめつつ

 春は別れと出会いの季節である。県職員の場合、2~3年に1度は人事異動があり、別れと出会いが繰り返されていく。県職員となって35年を経た私にとって数年ごとにやってくる人事異動は「いつものこと」であったが、今回は「いつもとは違う」異動となった。県からの派遣により財団法人の職員となったのである。しかも、専務理事兼所長という重い職責を与えられたのである。

 長年慣れ親しんできた県庁(松山市一番町)の建物を離れ、センター(松山市三番町)に移動することとなった。直線距離にして数百メートルしか離れていないが、環境の変化は実に大きい。最も大きな変化は、庁舎内で日常的に会っていた多くの仲間たちに会わなくなったことであり、ずいぶんと寂しい思いをしている。しかし一方で、新しい職場には県庁にいる限り、決して一緒に仕事をすることがなかったであろう多くのスタッフが集っている。

 センターは県、市町、金融機関、企業、農業団体などからの派遣職員で構成されている。派遣元での経験、職位、職場環境などが異なっている中で、センター勤務になったことに程度の差はあれ、とまどいがあったものと推測している。そのようなことを意識しつつ、新任者の辞令交付式後のあいさつで次のことを言った。「このセンターは、役所、企業、団体など、いろいろな所から派遣されて集まった人たちの寄せ集め集団です。皆さん一人ひとりの拠って立つ所は異なっていますが、ふるさと愛媛を愛する心と、ふるさと愛媛を潤いと活力のあるいい地域にしたいという思いは共通だと思います」。

 この思いをスタッフ全員が共有していれば、センターとして必ずやいい仕事ができるものと確信している。センターの運営に様々な形で関わっていただいている方々の御支援を切にお願いいたしたい。

(所長 森川保男)

「にほんの里百選」に愛媛県から3箇所選定

朝日新聞社と森林文化協会は、人々の暮らしによって育まれてきた、すこやかで美しい里を100カ所選ぶ「にほんの里100選」選定事業を昨年1月から始め、2009年1月6日付の朝日新聞紙上においてその選定地を発表いたしました。

この選定には、『「里」の大切さを見つめなおし、地域の自信や活力につなげるとともに、生物多様性の確保や地球温暖化防止、自然の持続的利用に寄与する試みでもある』(HP引用)そうです。

選定される里の諸条件として、以下の3つがあげられています。

①景観 暮らしが生み出した特色ある景観が、まとまりをもって見られる。
あるいは、里の景観が全体として調和していて美しい。

②生物多様性 かつては里でよく見かけた動植物が今もすこやかに生きている。
あるいは、そうした生き物や生育・生息環境を再生する試みなどがある。

③人の営み 景観や生き物を支え、里のめぐみを生かす暮らしや営みがある。
あるいは、そうした暮らしを築き持続させようとする人々がいる。

この研究員ブログでは、そんな諸条件に合致して「にほんの里100選」に選定された愛媛県内の3か所をご紹介し、その選定理由も1月6日付朝日新聞記事より掲載いたします。

79.上畑野川(久万高原町) 農も林も里も元気印
農業とともにマス、イワナの養殖も営む。里山も手入れが行き届く。集落の「元気の素」は、世代を超え交流する婦人グループ

80.城川町田穂(西予市) 接待の場「茶堂」健在
巡礼者に飲食をふるまうことで自分も功徳を積む「お接待」の場である東屋風の茶堂が、棚田の脇に健在。虫送りの行事も残る。

81.遊子水荷浦(宇和島市) 空へかけのぼる段々畑
半農半漁の里で海ぎわから丘の上まで段々畑の石垣が屹立。石段は60段に及ぶ。手入れの行きとどいた畑でジャガイモ生産が盛ん。

景観10年、風景100年、風土1000年という言葉がありますが、このような美しい風景が生まれたのは先人の努力があったということを忘れてはならないと思うとともに、このような風景を私たちはどのように後世に伝えていくのかを考えるきっかけにしたいですね。

(文責 まちづくり活動部門 研究員 谷本英樹)