冨田 敏さん

NO,4
冨田 敏 とみた  さとしさん

伊予市地域おこし協力隊
まちづくり学校 双海人(ふたみんちゅ)用夢員
JR下灘駅フィールドミュージアム運営委員会 事務局長
えひめ茶碗蒸し研究会 監事

長く東京で会社員をしていたが世界金融危機を契機に退職、その後発生した東日本大震災の影響を受け、ひとり娘の生活環境を考え移住を決意。
総務省の「地域おこし協力隊」に応募し、平成23年7月に伊予市双海町下灘地区への移住を果たした。
現在は「日本一海に近い駅」、JR下灘駅を拠点に、演劇や紙芝居などのイベント、ツアー受け入れなど様々な交流事業に取り組むとともに、双海町の魅力をもっと知ってもらおうと、数多くの仕掛けをおこない地域づくりに取り組んでいる。
東京都出身。

Q1現在の取り組みについて

昨年(平成25年)の1月から毎月最後の土曜日に『軽トラ市』を開催しています。1年以上が経過し、当初は少なかった双海町内からの出店者が今では3分の1を超えました。地元からの参加が増えることはもちろんですが、この『軽トラ市』にわざわざ買いものに出かけることが地域のためになるということを、住民の皆さんがそれぞれに感じて応援しようとしてくださっていることが何より嬉しいですね。この「地域愛」の強さに驚きと感動の日々を送っています。

また、これから10年後、20年後を見据えたときに、正面からしっかり向き合っていかないとならないのが「少子化」の問題です。将来に渡り地域を維持していくために子どもの数を増やしていくことは絶対条件、そのためには移住者の受け入れを積極的に進めていく必要があります。地域住民が主体となり、「これから子どもを産んで育てていく人」や「いま子育てをしている人」をターゲットに、都市部でニーズが高まっている『田舎暮らしをしたい人』に積極的に働きかけなくてはなりません。

これをただアピールするだけでなく、「仕事」「住む場所」「子育て」の3つが整っている環境づくりにも取り組まなくてはいけません。特に「仕事」については、一家を支えられるくらいの収入がないとダメなわけですからなかなか難しいところです。そこで例えば、手に職を持った人(パン屋さんがしたいなど)に移住してもらえればありがたいと考えています。実際、双海町では数多くの方が手に職を持って暮らしています。

Q2移住してみて気づいたこと

初めて双海町に来たとき、その初日からご近所の方にたいへんお世話になりました。
夕ご飯に呼んでいただいたり、おかずを持ってきてくださったり。またいろいろなお話しを聞かせていただきとても有難かったことを憶えています。

野菜や魚などをたくさんいただきながら、最初のうちは都会からきてよく分からないだろうからと気を遣ってくださっているのだと思っていました。でも、それが数年たった今でも続いているんです。
つまり気を使っていただいているわけではなく、この地域に暮らす皆さんの物々交換の流れのなかに自然に入っていただけだったのです。これが分かったときはホントに驚きましたし心の底から感動しました。

こういったことも含めて、地域には実際に暮らしてみないと分からないこともたくさんあります。
もちろん不便なこともありますが、こういった田舎暮らしの魅力を、都会で暮らしてきた経験を持つ私が上手に伝えていきたいと考えています。

私はまだなにも生産していませんのでお返しできるものがありません。ですから双海町をもっと元気な町にしていくことですこしでも恩返しができたらよいなと考えています。

Q3これからの取組みについて

うーん、いろんなことがありすぎて悩んでいます。でも、やっぱり地域おこし協力隊に着任した当初から変わらず思い続けている「地域の皆さんと一緒にビジネスを興していきたい」ということが中心となります。
例えば都市部や首都圏を相手とした『地域ビジネス』を立ち上げようとプランを練っています。
双海町にはまだまだ活用されていない魅力的な資源がたくさんありますので、地域全体で少しずつ収入をあげていけるビジネスであったり、そういったいいモノを東京の●●さんと双海の○○さんでやり取りするというような直接繫がる関係づくりをサポートすることなどを、ビジネスとして考えていきたいと思います。

あとは「少子化」への対応ですね。
ただし子どもがいなくなったらどうするんですかなどと危機感をあおるようなやり方はしたくありません。移住者も、地域の皆さんもよろこぶ成功事例を作っていきたい。一つ成功事例ができれば、地域の未来も大きく変わってくると思います。
そしてこの町の子どもたちが双海町で育ったことを誇りに感じ、胸を張って「帰りたい」と思えるような地域づくりに取り組んでいきたいと考えています。

冨田 敏さん

NO,4
冨田 敏 とみた  さとしさん

伊予市地域おこし協力隊
まちづくり学校 双海人(ふたみんちゅ)用夢員
JR下灘駅フィールドミュージアム運営委員会 事務局長
えひめ茶碗蒸し研究会 監事

長く東京で会社員をしていたが世界金融危機を契機に退職、その後発生した東日本大震災の影響を受け、ひとり娘の生活環境を考え移住を決意。
総務省の「地域おこし協力隊」に応募し、平成23年7月に伊予市双海町下灘地区への移住を果たした。
現在は「日本一海に近い駅」、JR下灘駅を拠点に、演劇や紙芝居などのイベント、ツアー受け入れなど様々な交流事業に取り組むとともに、双海町の魅力をもっと知ってもらおうと、数多くの仕掛けをおこない地域づくりに取り組んでいる。
東京都出身。

Q1現在の取り組みについて

昨年(平成25年)の1月から毎月最後の土曜日に『軽トラ市』を開催しています。1年以上が経過し、当初は少なかった双海町内からの出店者が今では3分の1を超えました。地元からの参加が増えることはもちろんですが、この『軽トラ市』にわざわざ買いものに出かけることが地域のためになるということを、住民の皆さんがそれぞれに感じて応援しようとしてくださっていることが何より嬉しいですね。この「地域愛」の強さに驚きと感動の日々を送っています。

また、これから10年後、20年後を見据えたときに、正面からしっかり向き合っていかないとならないのが「少子化」の問題です。将来に渡り地域を維持していくために子どもの数を増やしていくことは絶対条件、そのためには移住者の受け入れを積極的に進めていく必要があります。地域住民が主体となり、「これから子どもを産んで育てていく人」や「いま子育てをしている人」をターゲットに、都市部でニーズが高まっている『田舎暮らしをしたい人』に積極的に働きかけなくてはなりません。

これをただアピールするだけでなく、「仕事」「住む場所」「子育て」の3つが整っている環境づくりにも取り組まなくてはいけません。特に「仕事」については、一家を支えられるくらいの収入がないとダメなわけですからなかなか難しいところです。そこで例えば、手に職を持った人(パン屋さんがしたいなど)に移住してもらえればありがたいと考えています。実際、双海町では数多くの方が手に職を持って暮らしています。

Q2移住してみて気づいたこと

初めて双海町に来たとき、その初日からご近所の方にたいへんお世話になりました。
夕ご飯に呼んでいただいたり、おかずを持ってきてくださったり。またいろいろなお話しを聞かせていただきとても有難かったことを憶えています。

野菜や魚などをたくさんいただきながら、最初のうちは都会からきてよく分からないだろうからと気を遣ってくださっているのだと思っていました。でも、それが数年たった今でも続いているんです。
つまり気を使っていただいているわけではなく、この地域に暮らす皆さんの物々交換の流れのなかに自然に入っていただけだったのです。これが分かったときはホントに驚きましたし心の底から感動しました。

こういったことも含めて、地域には実際に暮らしてみないと分からないこともたくさんあります。
もちろん不便なこともありますが、こういった田舎暮らしの魅力を、都会で暮らしてきた経験を持つ私が上手に伝えていきたいと考えています。

私はまだなにも生産していませんのでお返しできるものがありません。ですから双海町をもっと元気な町にしていくことですこしでも恩返しができたらよいなと考えています。

Q3これからの取組みについて

うーん、いろんなことがありすぎて悩んでいます。でも、やっぱり地域おこし協力隊に着任した当初から変わらず思い続けている「地域の皆さんと一緒にビジネスを興していきたい」ということが中心となります。
例えば都市部や首都圏を相手とした『地域ビジネス』を立ち上げようとプランを練っています。
双海町にはまだまだ活用されていない魅力的な資源がたくさんありますので、地域全体で少しずつ収入をあげていけるビジネスであったり、そういったいいモノを東京の●●さんと双海の○○さんでやり取りするというような直接繫がる関係づくりをサポートすることなどを、ビジネスとして考えていきたいと思います。

あとは「少子化」への対応ですね。
ただし子どもがいなくなったらどうするんですかなどと危機感をあおるようなやり方はしたくありません。移住者も、地域の皆さんもよろこぶ成功事例を作っていきたい。一つ成功事例ができれば、地域の未来も大きく変わってくると思います。
そしてこの町の子どもたちが双海町で育ったことを誇りに感じ、胸を張って「帰りたい」と思えるような地域づくりに取り組んでいきたいと考えています。